日本武尊(ヤマトタケルノミコト)
片品村南西部に、霊峰と呼ばれる武尊山があります。その山は、前武尊、剣が峰、奥武尊の三峰がそびえています。
前武尊山頂と奥武尊山頂の2箇所に、日本武尊銅像が建てられており、前武尊の像は花咲、奥武尊の像は川場の像で、それぞれその地区を向き、見守っていると言われています。
この前武尊の銅像は、嘉永2年(1625年)下野国佐野(栃木県佐野市)で鐵像されたものであると言われており、この原図は花咲の法稱寺に保管されています。

武尊山は、山岳宗教によって山伏修験道の神山としてあがめられてきた山です。この山で開かれたのは、花咲に華蔵坊という山伏が、修験道場を建て、これが現在の法稱寺の基となったと伝えられいます。
文明2年(1470年)はじめて山伏修行の寺が建てられ、途中で寺名は変わりましたが、幕末の頃再びもとの寺名になりました。しかし山号は武尊山と称し、花咲の武尊神社の別当でもありました。
 
江戸時代になり一時修験道はさびれましたが、寛政2年(1790年)再び復活し、武尊山は主要な修行の場となりました。

武尊山頂の日本武尊像は、その昔の伝説に基き、この山を開いた普寛行者に関した普寛講の人々の寄進により作られたもので、この像を片品村須賀川の卯八郎と言う人が一人で像を背負い、前武尊山頂まで上げたと言われています。
また、4〜5年くらい前に像が壊れたため、花咲の人々が修復し再び山頂まで持ち上げ、現在にいたっております。

著者:慶信館 星野武士氏